うつでもタカラヅカ!

うつ病治療中のヅカファンが書く雑記ブログ。一期一会が面白い。

今なら広い心で受け止められる気がする

 病気になって初めてわかった気持ち

今日は雪ですね。

横浜も少し積もりました。

 

雪の日は積もってわくわくする気持ちと

足元ぐちゃぐちゃという現実がない交ぜになる(´ー`)

外の風景を窓から見ながら、

ふと昔のことを思い出した。

 

 

私が大学を卒業後に新卒で入社した会社に

時短で働いている男の先輩がいた。

ペーペーの私は

その先輩について詳しいことは聞けなかったけど、

他の先輩から、

 

「彼は適応障害というものを持っているらしい」

 

と聞いた。

 

当時の私にもちろんそんな病気の知識なんてなくて、

「名前はなんとなく聞いたことある」程度だった。

周りの先輩たちも無論そんな感じだった。

そして誰も、

その病気について調べたり、

詳細を知ろうとしていなかった。

触れないようにしていた。

 

ある時その先輩が

一行だけの文章のメールを送ってきて

突然仕事に来なくなった。

 

「疲れたのでしばらく休みます」

 

???

当時の私は

「え、こんなメール一行で休みが許されるのが社会人ってものなの?」

 

まるで理解ができなかった。

休むっていつまで?

疲れたって欠勤の理由にしていいのか?

そんなことを思っていた。

 

 

でも、

 

今ならわかる。

 

精神疾患がどういうものなのか。

そのたった一行のメールを送ることすら

彼にとってはとても勇気のいったことで、

相当な労力を使ったんだろうなと。

彼の精一杯がそこにあったんだなと。

 

メール一本で休むと連絡することは

社会人としての礼節に反しているのかもしれない。

 

けど、今の私なら、きっと

そのメールひとつに理解を示せると思う。

当時は確かこのメールの返信は他の先輩がしてくれたと

思うんだけど、

今の私はならきっと個別にこう返信する。

 

「ゆっくり休んでください」

 

 

彼は元気にしているだろうか。

確か奥さんも娘さんもいたと思うんだけど。

 

私はその会社は2年くらいで辞めてしまったから

今も同じ会社で仕事を続けているのかはわからない。

 

昔から心がけてはいたことだけど、

自分が病気になってますます、

「他人の痛みをわかる人間でありたい」

強く思うようになった。

偽善だと言われても、本当にそう思うから、

それでいいことにする。

 

100%は理解できなくても

寄り添ったり、声掛けしたり、

微々たることでも、できることがあるはずだと。

 

今その先輩に会うことができたのなら

きっと昔より広い心で

接することができるような気がする。

病気のつらさも、苦しさも、

今なら分かち合える。

そんな気がする。